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きょう聖(ねこミミ)

きょう聖(ねこミミ)

【小説】ねこミミ☆ガンダム 第4話 その2

シャーロットと均は路地裏に入った。
小さな雑貨屋のショーケースの前でふたりは息を整えた。
均は息を切らせながらいった。
「あ、ありがとう……。助かった……」
シャーロットは、頭に手をのせて何かを考えているようだった。
「うーん、まいったな……」
「うん。まいっちゃったよ」
シャーロットは均に向き直ると、
「並木均くんだね? 君を、どうやって連れ出そうかと考えているうちに、えらいものに巻き込まれてしまった」
「え?」
シャーロットはいいにくそうにいった。
「私は女王に頼まれて来たんだ。女王がもう一度、君と話をしたいと言ってね……」
「い、いやだっ!!」
均はあとずさった。「女王のところには、もう行かないからな!!」
夏休み中にネコミミ女王に連れて行かれて、均は死ぬような目にあっていた。女王ときくだけで頭が痛くなるようだった。
「そう言うとは思ったが……。女王は深く反省している。だから、ぜひに、と……」
均は声をあげた。
「絶対いやだっ! だって、うっかり女王のところに行ったら、家に帰れないわ、薬で眠らされるわ、勝手に顔を整形されそうになるわ――、もう大変なんだよ!」
「そ、そうなのか」
「プロテインを飲まされて身体を鍛えるのはいいんだけど……」
「そりゃあ、ひどいな……」
「母さんにも、もう先生以外のネコミミ族の人とは話もするなって言われてるし……。本当に困るんだよ!」
シャーロットは額に手を当てて考えているようだった。
「仕方ない。あきらめるか……」
「え! いいの!?」
「私は王国とは直接関係のない部外者でね。女王の依頼は断ろう。いい報酬だったんだが……」
「ありがとう。ごめんね。助けてくれたのに」
「いいよ。それに……」
シャーロットは、ふいに均に顔を近づけた。
触れそうなほどの近くから見られて均はうろたえた。
「な、なに?」
「いやあ、うりふたつだと思ってね」シャーロットは顔をあげた。「弟にそっくりなんだよ。君は」
「へえ、弟さんがいるんだ」
「君と話していると、弟と一緒にいるような気分になる」
「えっと、君の名前は……」
「シャーロット。みんなにはシャロと呼ばれている」
シャロは上着のポケットを探った。「やっぱり、ないな……」
「なに?」
「弟の写真があったんだが……。どこかでなくしてしまった」
「え、大事なものでしょ?」
「もとのデータはある。船の中にでも落としたんだろう」
「船? シャロは外国から来たの?」
シャロは空を指さした。「ほかの星」
「そんな遠くから来たんだ。本当にごめん。仕事を断らせちゃって……」
「気にするな、少年よ。帰りはよそ見をするんじゃないぞ」
「見てたの」
均は恥ずかしくなって笑った。
「フフ……」
シャロはほほえんだ。



ふたりが話していると背後から近づくものがいた。
ネコミミ家臣とふたりの兵士たちだ。両脇の兵士は機銃をもっている。
家臣は鋭い目つきでこちらを見すえた。
「また裏切るのか?」
シャロはこたえた。
「なんです。仕事を依頼したものを背後からつけるのが王国のやり方でしたか?」
家臣は声をあらげた。
「答える気がないなら、口を開くな!」
シャロは静かにいった。
「この依頼はお断りしようと思っていたところです」
「そんなことが許されるか!!」
左右の兵が銃をかまえた。
家臣の目つきは尋常じゃない。
シャロは身構えた。手のひらの肉球に汗がにじんでいる。
「なんでしたら、伺ってきちんとお話をいたしましょう。私は、女王さまのやることに異議を申しているのではありません」
「貴様はもういい!」家臣は左右の兵士たちにいった。「さあ、ポチさまをお連れしろ」
兵士のひとりが均のうでをつかもうとする。と、シャロは割り込んでいった。
「やめなさい。騒ぎになると困るのでしょう?」
家臣は目を怒らせていった。
「貴様が黙っていればいいことだ!」
うでをつかまれた均はいった。「や、やめろっ……! 俺たちに銃を向けたこと、女王に言いつけるぞ!!」
「かまいません。死を賜ることも覚悟の上です。大事のためならば……」
「そんなに大事じゃないよ……」
兵士が均をつれていこうとする。あらがう均と引っ張り合いのようになった。
「イヤだ! い、行きたくない!!」
シャロは大声を発した。「やめろッ!!」
「お前は動くな」家臣が冷たい声でいった。
もうひとりの兵士が銃の狙いをシャロに向けた。
シャロは銃を持つ兵士に向き直った。
シャロが目を見開き、その瞳の色が一瞬、変わった。
と、シャロに見られた兵士は何を思ったのか、均のうでをつかむ兵士に近づき、銃で殴りかかった。うめいて倒れる兵士。
シャロはいった。「そいつをつれていけ」
殴りかかった兵士が、今度は家臣の腕をつかんだ。
「き、貴様っ! 何をした!?」
狼狽して声をあげる家臣。腕をつかんでくる兵士にいった。「何をしている! あいつだ! 撃て!!」
兵士は家臣を離そうとしない。
「均!」
「うん!」
シャロと均は家臣らを背にして走った。
「逃げられると思うな!」
家臣は腰のホルダーから銃を取り出した。「いつまで掴んでいる!!」と、兵士のこめかみを銃で殴りつけた。
家臣は逃げるふたりの背を銃で狙う。
「チッ!」
舌打ちすると、銃を下ろしてふたりを追った。



シャロと均は車の行き交う道路を突っ切った。
前には陸橋につながる登り坂がある。ふたりは坂を駆けのぼった。
家臣は携帯端末を取り出していった。
「私だ。聞こえているな」
声は、上空1000メートルを浮遊する空母につながっていた。
艦橋の乗組員たちに緊張が走る。
艦長はマイクを取ってこたえた。
「聞こえております」
家臣はいった。「マシンドール部隊をすぐに降下させろ。ターゲットは女がつれている少年。艦にあるマシンドールをすべて使ってもいい。必ず確保しろ」
「はあ……」
艦長は気のない返事のあとに続けた。「本艦に搭載されたマシンドールは6機。そのうち4機は定期メンテナンス中で、うち2機の整備がじきに終わります」
「作戦行動中にメンテだと!?」家臣は声をあげた。「なら、2機でいい! 貴様、あとで始末書をよこせよ!!」
「直下は市街地ですが……」
「私がいいと言っている! さっさと出せっ!!」
艦長は、あえてネコミミ式の敬礼をしていった。
「はっ! 承ります!!」
マシンドールの待機するデッキに通信をつないだ。
「ムダ飯食らいども、出撃だ。目標は街を逃げる少年。休日の市街地での作戦になる。理解ある上官が責任を取ってくださるというが、できる限り物を壊さないように、せいぜいお上品に振るまえ」
デッキでは整備兵たちが慌ただしく走った。直立するマシンドール〈ニャク陸戦型〉のひとつ目が鈍く光った。コックピットには熟練パイロットが乗っている。すっかり出撃の準備を整えていた。
熟練パイロットは落ち着いたようすでいった。
「お上品にできたら、いまだに軍になんかいません」
僚機のニャクに乗るのは新人パイロットだ。準備に手間取り、やっとグローブをはめた。ヘルメットをかぶろうとして真空下ではないことに気づいた。
「はやくコトブキタイシャ? ってやつをしたいですよぉ」
艦長はパイロットの軽口を苦々しく聞いた。
「お前ら10年はやいんだよ……」
艦橋のオペレーターが笑い声を抑える。
艦長はいった。「そういうことは給与分、働いてから言え! さっさと出させろ!!」
オペレーターが言葉をついだ。
「マシンドール隊、出撃です。準備、よろし?」
電磁カタパルトを高速で滑るニャク。青い空に撃ち出された。続けてもう1機。
2機のニャクはパラシュートを開いた。スラスターを噴かせながら、市街地の空を降下していった。
熟練パイロットは、空から目標になった均とシャロを見た。大きな陸橋の歩道側を並んで走っている。
熟練のニャクは指で指示し、陸橋の出口側に降下していった。
新米パイロットのニャクは陸橋の入り口側に降りていった。
新米のニャクが道路に降り立った。
突然、マシンドールが現れたことにおどろいた乗用車が急ハンドルを切った。橋の歩道に乗り上げ、壁にぶつかった。
「お上品ってむずかしいですね……」
熟練のニャクが出口付近に降り立った。
「お前には10年早いとさ」
熟練の背後では軽トラックが車線をはみ出し、ほかの車と衝突事故を起こしたていた。さらに、別の車が突っ込む。何重もの玉突き事故が起きた。
熟練はいった。
「集中しろ! 目標を逃がすな!!」
「はい!!」
2体のニャクは長い陸橋の前後から、均とシャロをはさむように迫った。

鉄の巨人が前方に立ちふさがった。背後からも迫っている。
陸橋の上には逃げ場がない。
均は、シャロについて坂を駆けながら声をあげた。
「シャロ! もうダメだ!!」
シャロは坂の頂上を目指して走りながら、腕時計型の端末を耳に当てたり、こすったりしている。
シャロはいった。
「自動航行になっているはずだ」
「な、なに?」
均にこたえず、シャロは、腰ほどの高さにある橋の欄干(らんかん)に飛びのった。均の手をとって、ぐいっと力強く引き上げる。と、そのままふたりは陸橋から飛び降りた。
「ッ……!!」
いわゆる走馬灯だろうか。均は、目の前を川のように流れる映像を見た。
映像は今の姿らしい。
休日を楽しむクラスメイトのみんな。
カフェの勉強会で熱弁をふるうネコミミ先生。
ぎこちない笑顔を交わす父と母。
布団で眠る英代。昨日も遅くまでネットをしすぎたのだろう。
寝返りをうった。顔をかいた。
――プッ!
……屁をした。
最後に息をのむ前の足が着いた。
均は、ひざがふらついて尻をついた。
「いでっ!」
「大丈夫か」シャロが手を引いてくれた。
「ここは……?」
均たちが立っているのは大きな赤い鉄の地面だった。空に浮かんでいる。
「私の船だ」シャロはいった。
ふたりはテニスコートよりも大きいシャロの宇宙船の上にいた。
シャロが丸いハッチを開けて中に入っていった。
「はやく!」開いたハッチから声がする。
均は、転びそうになりながらあとにつづいた。

船の中は、頑丈そうな細い通路が前後に奥まで伸びていた。
ついていこうとすると、シャロはふり返って後ろを指さした。
「均はコックピットに。私はマシンドールを出す」
「マシンドールまであるの!?」
「相手がそのつもりがあるなら、こたえてやるまでだ」
均は通路を反対側に進み、コックピットにきた。機器類の出っ張りをよけてシートに腰を下ろす。
船は、ゆっくりと前に進んでいる。
ふいに船がぐらっと大きく揺れた。シャロのマシンドールが出たのだろう。

シャロの宇宙船〈ビックバイパー〉。
ヘビがあごの付け根から口を開くように、船体の中ごろから後背部のハッチが大きく開いていった。
船体の中からあらわれたのは、赤と黒で塗り分けられたマシンドール。あお向けに寝るように格納されている。
シャロのマシンドール〈ニャニャビー〉はゆっくり上体を起こした。全身のスラスターを噴かして浮き上がる。
ニャニャビーは地面に降り立った。両足の下でアスファルトが割れた。

2機のニャクは陸橋から飛び降りた。シャロのマシンドールを前後からはさむように立ちふさがった。
新米がいった。「どうします!?」
熟練はこたえた。「こちらは2体だ。逃げる理由はない」
熟練のニャクは、シャロのニャニャビーに向かって走った。
「俺から行く!」
「フォローします!」
敵機の性能はわからない。が、たとえ性能に優れた専用機であっても、格闘戦にもち込めば勝機はある。熟練は接近戦には自信があった。
「キャットコンバットモード!!」
熟練の座るシートが立ち上がるように変形していった。パイロットが立ち姿勢になり、その動きを直接マシンドールに反映させる。格闘戦用の操作姿勢だ。
熟練はうでを伸ばした。ニャクのうでがニャニャビーの肩をつかむ。
ニャニャビーもニャクをつかんできた。
2体のマシンドールは首相撲をするような体勢になった。
熟練のニャクが大きく踏み込む。ニャニャビーが姿勢を崩し、アスファルトの地面に背中から倒れ込んだ。
ニャクは上から首と片うでをつかみ、倒れたニャニャビーを押さえ込んだ。
「取った!!」
熟練は声をあげた。と、通信回線から、弱々しい相手の声がした。
「じ、自分です……!」
「何を言ってる!? 賊め!!」
「自分です……」
ふいに、取り押さえているはずのニャニャビーの赤い足が目の前にあらわれた。
ニャニャビーは鋭い回し蹴りで熟練のニャクの頭を吹き飛ばした。
カメラが壊されて見えたのはそれだけだ。
戦いの興奮のせいで変な幻でも見たのだろう――と、熟練は自分を疑うよりなかった。



マシンドール〈ニャニャビー〉はスラスターを噴かせて浮かびあがると、ハッチが開いた船の後背に腰かけた。そのまま上体を倒すと上からハッチが閉じられ、ニャニャビーは船の格納庫に収まっていった。

シャロがコックピットにあらわれた。均のとなりに座り、コンソールを操った。
モニターには雲の中を飛ぶ船影が映った。
「やはり、ついてきているな。こいつを撒こう」
「追われてるの?」
「心配ないさ、この船なら。ベルトをしめてくれ」
シャロが船の操縦桿を握る。と、ふいに強い重圧がかかった。
船は、外の景色がゆがむほどの急加速で発進していた。あっという間に成層圏に達した。映画や写真で見るような青と赤茶の地球が眼下にあった。
「おお……。おどろいた……」均は額に汗をかいた。
「宇宙船は初めてか」
そういってシャロはまゆを寄せた。「さて、これからどうしたものか……」
「シャロ、助けてくれたのはうれしいけど、君まで大変な目に合うんじゃ……」
シャロは均を見てから、窓の外に目を向けた。
「私は、家臣らの傲慢なやり方が気に入らないだけさ」
シャロは考えるように口に指を当てた。「しかし、このまま地球に降りれば、王国軍に包囲されるな……」
均は、上着のポケットから携帯端末を取り出し、英代に連絡を取ろうとした。が、電波は届いていなかった。
「相手の出方をうかがってみるか……」シャロはつぶやいた。
「どうするの?」
「均、私の住む星に来てみないか? 女王に捕まるよりはいいだろう。妹たちにも君を会わせたいし」
「いいよ。遅くならなければ母さんも……って、それどころじゃないか」
均の母は、均がネコミミ族と話をすることさえ禁じていた。夏休み中、均が女王につかまって、何日も帰れないことがあったからだ。
「女王が本気になれば、私の力だけでどうにかなるものではない。だが、何もせずに女王に君を差し出すようなことは、私にはもうできない」
「今日会ったばかりの君にそこまでしてもらえるなんて……」
「醜い悪あがきをしてでも、女王にこちらの言い分を通してやろうじゃないか」
「うん!」
「妹たちが君を見たら、どんな顔をするかな。弟にそっくりだから」
「弟さんにも会えるね」
楽しげにしていたシャロだったが、途端に表情を曇らせた。
「弟は、今はいないんだ……」
「どこか行ってるの?」
「話せば長くなるが……。時間はあるな」
シャロはコンソールを操作して航路を入力した。
真っ暗な景色は変わらないが、船はすでに高速で移動しているらしい。後方を映すモニターでは地球が小さくなっていた。
シャロはいった。
「ネコミミ族は、異種間でも男が産まれる確率がきわめて低い。均は知っているかもしれないが……」
「そういえば、女しか見たことないな」
「ネコミミ族で男性が産まれる確率は百万分の一とも千万分の一とも言われている」
「そんなに少ないの!」均はおどろいた。
「その希少性から、ネコミミの男は10歳ごろには家族から離され、王国の管理下で暮らすことになる。国家による保護がその名目だ」
シャロは寂しそうに真っ暗な景色を眺めていた。
「じゃあ、ずっと弟さんと離れ離れで?」
「はじめの頃は連絡も取り合っていたんだが、ここ数年はすっかり音沙汰なしだ。まあ、元気にやっているとは思うが……」
「シャロも妹さんも寂しい思いをしていたんだね」
「下の妹たちは、弟の顔なんて写真でしか見たことないからな。均を見たら、きっと驚くぞ」
シャロは楽しそうにいった。



首相官邸の天守閣は屋根が張り出しており、太陽が真上にくるころには中が暗くなる。
ネコミミ家臣は執務机の前で、ことの顛末を女王に説明していた。
女王は持っていたダーツの矢を机の上に叩きつけるようにして置いた。
「シャロが……!」
家臣は後ろに手を組みながら続けた。
「事実であります。我が軍にはマシンドール1体が中破、兵士2名が負傷する被害が出ました」
女王はあごの下に手を当て、熟考するようにいった。
「何かの間違いではないのか。あのシャロが……」
「失礼ながら、女王さまはお甘いのです。報告によると、すでにやつはポチさまを連れ去り、地球圏を離脱したとのことです」
「うーむ……」女王は椅子に身をうずめた。
「能力だけではありません。やつが何を考えているのか……。なんらかの変心を起こしたと見るべきでしょう」
「……」女王はまだ納得がいかないようだった。
家臣は主を見下ろしながらいった。
「すみやかに追討の命を――」
「しかし……」
家臣は一歩進み、考える女王に顔を近づけた。
「今こうしている間にも、ポチさまの純潔がどうなっているか……」
「わ、わかった!」女王は顔をあげた。「艦隊を出そう! ただし、指揮は私が直接とる!!」
「御意に……!」
家臣は深く頭を下げた。



1時間もしないうちに宇宙船はシャロが住んでいるという星についた。
赤い玉のような惑星の威容が窓いっぱいに広がる。
「少し揺れるぞ」
シャロがいうと、赤い星に飲み込まれるように船は近づいていった。
船が揺れた。外が光につつまれる。と、窓にはシャッターが降りて船内は暗くなった。大気圏に入ったのだ。
数分後、シャッターが開いた。
船は青い空のなかにいた。雲の切れ間からは赤茶色の大地がのぞいた。雲をつっ切り、砂嵐を抜ける。と、乾いた大地が続く地上のようすがわかった。
船は同じような建物がならぶ集落の上を通り過ぎていった。
シャロはいった。「あれが私の町だ」
船は広い荒れ地に着地した。
シャロと均は外に出た。
風が強い。埃よけのフードを砂が叩くようにぶつかってくる。
「うわわ……」
「ここから歩くぞ」
ふたりは砂嵐に耐えながら歩いた。
十数分ほど歩くと風はウソのように止み、空は雲ひとつなく晴れた。フードを着てられないほどの暑さになった。
この地方の天候は、わずかな時間で嵐と晴天が入れ替わるのだという。
ふたりは集落についた。
集落には白いコンクリートでできた同じような家々がならぶ。家が多いわりに人影がない。寂しい気がした。
しばらく街を行くと、砂の積もった道に絵や模様を描いて遊んでいる3人のネコミミ族の子どもがいた。シャロは子どもたちに声をかけた。
「帰ったぞ」
子どもたちは振り向き、そろって耳を跳ね上げた。押し倒さんばかりの勢いでシャロに抱きついた。
「お姉ちゃん!!」「おかえりなさい!!」
もっとも背の低い妹は、シャロの手を引いて道に描いた絵を見せようとする。
シャロは下の妹を抱きかかえていった。「変わりはなかったか」
家のドアが開き、シャロより背が低い、メガネをかけたネコミミの娘が出てきた。
「姉さん、お帰りなさい。今回は早かったのね」
「仕事はキャンセルした。それより、お前たちに紹介したい人がいる」
シャロは均の背に手をまわした。
3人の幼い妹たちは、わからないようで顔を見合わせている。
次女は、おどろいたようにメガネの奥の目を見開いた。
幼い妹のなかで、もっとも背の高い子が不思議そうにいった。
「お兄ちゃん?」
「そっくりだろう」シャロは笑っていった。
「いや、俺は……」
均がこたえようとすると次女がいった。
「こら。お客さまに失礼でしょう」
妹をたしなめると次女は「ごめんなさい。でも、本当にそっくりで……」
「お兄ちゃんじゃないの?」
「よく見なさい。頭に耳がないでしょう?」
「ほんとだ……」「ない!」
幼い妹たちはそろって首を傾げた。
次女はいった。
「私も驚いちゃった……。姉さん、この方は?」
「地球で知り合った、並木均くんだ。今ちょっと均をめぐって、女王の兵ともめていてね」
「まあ! また無茶なことを……」
「お前たちやこの星の人たちには迷惑をかけないよ」
「あまり心配になるようなことはしないで。姉さんが頼りなんだから……」
「すまんな。ともかく家に入ろう。腹が減った」
「ご飯はまだよね。今日、となりのおばさんからお野菜をもらったから、みんなでいただきましょう」
「それはありがたい。あとで礼を言おう」
均たちはシャロの家に入った。

質素だが片付いたリビングには、こじんまりとしたテーブルがある。均とシャロはそれぞれの席についた。
次女と3人の妹たちがせわしなく働き、ほどなく小さなテーブルには6人分の食事が並んだ。
大きなボールに入った生野菜のサラダ。ネコミミフードがそえられている。メインはハンバーグのような肉料理だ。
思いのほか見なれた料理で安心した。と、急に腹がへった。
シャロは食卓に目を落としながら懐かしそうにいった。
「昔にもどったみたいだ……」
次女もいった。
「本当に……」
幼い妹たちは目を輝かせた。
「お肉だ!」「わぁ!」
「今日は特別ね」次女はいった。「よく噛んで食べるのよ」
いただきますもそこそこに幼い妹たちは食べはじめた。
野菜は歯ごたえはあるが、味はよかった。
昼食を食べ終え、お茶を飲んでいるとシャロがいった。
「均、すまないが、私は船のメンテがあるので戻る。あと女王の動向も調べておきたくてな」
シャロを見送ると幼い妹たちが均に近づいていった。
「お兄ちゃん!」「あそぼう!!」
妹たちに引っ張られながら均は家を出た。
後かたづけをしている次女が家のなかから声をかけた。
「お客さんにムリを言わないのよ!」

家の前の道には、いくつもの丸や四角の図形が描かれていた。
〈ケンケンパ〉のような遊びをするのだという。日本のケンケンパとはちがい、足だけではなく、両手や頭、あればしっぽも使うというかなりハードなものだった。
少し遊んだだけで均はびっしょりと汗をかいた。
へたり込む均に妹たちはいった。
「お兄ちゃん下手」「ヘタ!」「キャハハ!!」
楽しそうに笑う子どもたちを見ていると、均は本当に自分が兄になったような気がしてきた。

均が休んでいると、寂しい町には似合わない大きな銃をもった、ふたりの兵士が近づいてきた。
ネコミミ兵士は均に向かっていった。
「やあ、見ない顔だね。どこから来たんだい?」
「えぇと……」
均が言葉につまっていると、3人のなかで下の妹のがこたえた。
「お兄ちゃんだよ!」
「ほお。そりゃあ……」
兵士が再び均に何かをたずねようとした時、家の中から次女が飛び出してきた。
「あのっ! うちの弟です。何か失礼なことでも……」
「やあ、ショーコリーさん」兵士はいった。「お姉さんに言ってもらえますか。荒れ地でも、宇宙船を停める際は城から許可を取ってもらうように、と」
「すみません。ちゃんとするように言いますので……」
「ところで、弟さんですか。男性とはまた珍しい。ミミがないようだが……」と、いって兵士は均の頭を見た。
次女はあわててこたえた。
「お、弟は以前、病気になった時、お医者さんにミミを切るように言われまして……」
もうひとりの兵士がいぶかしがりながらいった。
「ネコミミ族の男が、どうしてこんなところにいるんだ。本星で保護されているはずだろ」
3人の妹たちは身を寄せあった。
次女は額に汗を浮かべている。
均はあきらめて捕まるつもりでいた。
次女は口を開いた。
「弟は王国から許されて、数年ぶりに実家に帰ってきたところです。家を出たころは物心もついてなかったような妹たちとも遊んでくれて……。明日にも戻る予定です」
「そうですか……」
兵士はうなずいた。が、その目は鋭い。銃を肩に担ぎ、携帯端末を取り出した。
「一応、城に問い合わせましょう」
「あはは……。普段は遠い星に住んでいますから。わかりますでしょうか……」
兵士が端末を操作している間、もうひとりの兵士が疑わしそうにいった。
「本当に弟なんているのか? だいたい……」
「いるよ!」
下の妹が声をあげた。「とおくに住んでたの!」
「ほう……。もっとお話を聞かせてもらえるなら、チョコレートをあげよう」
「チョコレート!?」
身をかがめる兵士。手には金色の紙で包装された、金貨型のチョコレートがあった。
下の妹が目を輝かせて金貨チョコを取ろうとすると、上の妹が声をあげた。
「ダメ! あとで買ってあげる!!」
「ふふ……」
兵士は金貨チョコを胸ポケットにしまった。「よかったな。優しいお姉ちゃんがあとで買ってくれるとさ」
騒ぎをききつけ、となりの家からおばさんが出てきた。
ネコミミおばさんは均を見るなり、おどろいていった。
「あら、ショーコリーさんの!? 帰ってたのねえ……」
が、首を傾げ、不思議なものを見るような顔になった。「あれ? でも……」
「おばさん!」次女は口を閉ざすようなしぐさをした。
携帯端末を使っていた兵士が次女にいった。
「今、城に問い合わせたんですが、ネコミミ族の男性が訪れるような話は確認できないらしい。申し訳ないが、弟さんには来てもらいますよ」
「弟は、本当に忙しくて……」
「とはいってもねぇ……」
遠くからシャロが走り寄ってきて声をあげた。
「どうしたっ!?」
「姉さん!」
兵士はいった。
「ショーコリーさん。お連れの方にお話をうかがいますよ。いいですね」
「え、えぇ。かまいませんよ」シャロは息を切らせながらいった。「すぐに済むんでしょう?」
「じゃあ、参考人として城にお連れします。おい、行くぞ!」
「はっ!」もうひとりの兵は返事をすると均の腕をつかんだ。
それを見て、上官らしき兵はいった。
「何をしている。こっちだ」
と、上官はおばさんの腕をつかんだ。
「はっ? 」
均の腕をつかむ兵士は不思議そうな顔でいった。「こっちは……どうするのであります?」
「こっちもそっちもあるか。はやくしろ!」
上官はおばさんを連れて歩きだした。
「はい?」
おばさんもわけがわからないようだ。
シャロはおばさんに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい! しばらくしたら迎えに行かせますから……!」
おばさんはこたえた。「なんだかわからないけど……。まあ、いいよ。城なんて久しぶりだねえ。お茶ぐらい出るんだろ」
ふたりの兵士とおばさんは行ってしまった。
シャロは焦ったようすで均にいった。
「女王が動いている! 艦隊がここまで来るぞ!!」
「そんな……。もう逃げられない……」
がっくりとする均を励ますようにシャロはいった。
「やってみなくちゃわからんさ。とにかく、この星の住人にまで迷惑がかからないよう船を出すぞ」
「う、うん!」
「準備をしてくる」シャロは次女に向かっていった。「またしばらく家をあける。チビたちのことは頼んだぞ」
次女は短く応じた。
シャロは家に入った。
均は次女にいった。
「ごめんね。君たちまで面倒に巻き込んじゃって」
「やると決めたら、とことんやるような性分の姉ですから。均さんこそお気をつけてください」
「ありがとう。みんなと遊んでいたら本当の妹ができたような気がしたよ」
下の妹がいった。
「お兄ちゃん帰っちゃうの?」
「また来るよ。すぐに来る。またみんなで遊ぼう!」
「うん!!」
妹たちは笑顔でこたえた。
均は次女にいった。
「本当の弟さんがはやく帰ってくるといいね」
「えっ……」
笑っていた次女の顔が凍りついた。
「ん?」
「その……、弟のことは姉から……?」
「うん。他の星で保護されてるんでしょ?」
次女は唇を真一文字にしたあと開いた。
「弟は4年前に亡くなっています」
「えっ!」均はおどろいた。
次女は伏し目がちにいった。
「流行病だったそうです。葬儀は国葬で執り行われたと聞きましたが、私たち姉妹が呼ばれることはありませんでした」
「そんな……」
「姉は悲しみのあまり、軍の仕事を半年ほど休んでいました。それから、元気を取り戻して軍に復帰したのですが、そのあたりからおかしなことを言うようになって……。弟はまだ生きているとか、弟をほかの街で見たとか……」
「シャロはまだ弟さんが生きていると思って……?」
「そうみたいです……。軍の作戦中に事故が起きて裁判沙汰になったのも、そんな時でした」
「裁判?」
「作戦中に姉が同僚の機体を撃ったとして訴えられたことがありました」
「え! 何かの間違いじゃないの?」
「裁判では冤罪であると証明されたのですが……。あの事件も姉にとっては負担だったと思います。でも、そのあとに軍を辞めて、最近では、すっかり良くなったと思っていたのですが……」
「そんなことが……」
均は、現実をいまだに受け入れられないシャロの心を思った。
次女はいった。
「姉は、保護のためであったとは言え、王国の使者に弟を引き渡したことを今でも後悔しているようです。あのころは両親も健在で、それが弟のためだと皆で決めてのことでした」
ふいに、家から荷物をかついだシャロがあらわれていった。
「均! 船に戻るぞ!!」
シャロは足早にふたりの前を通り過ぎた。均があとを追おうとすると、
「均さん!」次女は訴えるようにいった。「お願いします。姉のこと……」
「わ、わかった!!」
均はシャロのあとを追った。




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